消費者金融に助けてもらった私の暗雲時代

突然始まった暗黒時代

現在はどこにでもいる普通のおっさん。自分で言うのもなんですが、はたから見れば、良いマイホームパパに見えることでしょう。

 

今は家族といたって平和に暮らしている毎日ですが、3年前までは本当に借金に追われる生活でした。
寝ても覚めてもお金のやりくりのことばかり考えていて、本当に辛かったですね。まさに暗黒時代でした。そんな私の暗黒時代の話をしようと思います。

暗黒時代の始まり

私の家は父と私の二人暮らしでした。母は私が小学生の頃に離婚しており、いません。
3歳離れた姉はいましたが、とっくに嫁に行き同じ県内とはいえ、離れた場所に済んでいました。
そして、私が26歳の時、父が急病で突然死しました。心臓麻痺ってやつですね。その日は会社の同僚と仕事後に飲みに行って、深夜の帰宅でした。
もう父も寝ている時間だと思い、声をかけずにそのまま部屋へ行って寝てしまいました。この時父に声をかければ良かったなと今でも後悔しています。

 

そして翌朝起きて台所に行ってみても、いつもなら私より先に起きて、朝食の準備をしているはずの父がいません。
「どうしたんだろう?」と思い、父の部屋へ行き、まだ布団の中にいる父に声をかけても起きません。布団をめくってみると、そこにはすでに冷たくなった父がいました。
頭が混乱して呆然となりつつも何とか救急車を呼びました。救急隊員が来て、父を確認したところ、すでに亡くなっているとのことで、救急車には乗せてもらえませんでした。
私は、昨日まで元気にしていた最愛の家族を亡くしてしまったんです。

葬式代が高い!

当時26歳の私は、とにかく一人では何も出来ない若造だったので、姉や親戚に連絡をしすぐに来てもらいました。
その後の警察の手続きなんかは親戚のおばちゃんが仕切ってやってくれました。
この時自分でもっと確認して葬儀会社や費用なんかを把握しておけば良かったのに、何をすれば良いのかわからないので全ては親戚に任せっきり。
そのことは今では後悔しています。。

 

そして、通夜と葬式・・・親戚やら友人やらがたくさん集まりゴチャゴチャしていたので、まだ父が亡くなった実感はありませんでした。
私の父は一族でいえば長男。代々の墓を守っていく立場でした。そして父が亡くなったのであれば、次は長男の息子である私が一族の墓を守っていく立場です。
祖父母はとっくに他界していましたからね。
そして全ての葬儀が終わり、親戚や友人たちも帰ってから、しんと静まった家で父がいなくなったのを、実感し悲しく、寂しくなりました。

 

だが、そんな私の悲しさを一気に吹っ飛ばしたのが、高額な葬式代!
「一族の長男の葬式だから、あまり質素なものはできない」と意見する親戚たちに促されて、祭壇やら棺やらを高いものにした結果
予想以上のお金がかかってしまいました。葬儀会社に支払う代金以外のお布施や、近所の人の手伝いのお礼なんかを含めると、200万円近くの出費になります。
「こんな金額どうしろと・・・」再び呆然とする私でした。

カードローンで100万円を借りる

「葬式費用なんて、親の貯金から出せばいいだろう・・・」なんて思う人もいることでしょう。
しかしそれも難しい問題。
私は父が40歳を過ぎてから出来た子供でした。そのため、父はすでに70歳。とっくに現役引退し、年金生活を送っていました。

 

お金に無頓着な性格だったため、父も貯金はほぼゼロ。この父にして我ありといった感じですね。親子で貯金ほぼゼロなんて・・・
香典やらわずかな貯金やらで賄っても100万円は足りない状態。親戚に相談なんてことも出来ません。
いっぱしの男が26歳にもなって、お金がないなんてこと知られたくなかったからです。

 

こんな時にいて欲しかった母はとっくにいないため、唯一相談できるのは、残されたたった一人の肉親である姉でした。
しかし、姉家族も家を買ったばかりで、子供を2人育てていたため、お金に余裕なんてありません。頼み込んで何とか20万円ほど借りました。
残りの葬式費用はもうローンを組むしかありません。結局、銀行でカードを作り100万円を借りました
返済は月々6万円、6万円なら何とか返せるだろうと思っての決断でした。

 

しかし、月々6万円を支払うのって大変なんですね・・・おバカな私はこの時はまだお金のやりくりの大変さに気づいていませんでした。

カードローン

カードローンについて

何とかなると思っていた・・・

この時、私は派遣で働いていました。契約期間が終われば次の勤務先に転々と。
人間関係でゴチャゴチャするのが嫌だったので、派遣というシステムはかなり気に入っていましたね。
しかし、高卒で特に資格も持っていなかった私の給料は、月に手取りで21万円ほど。決して高額とは言えない給料でした。

 

父とは賃貸のマンションに住んでいました。家賃は月々8万円。
けっして綺麗とは言えないボロマンションでしたが、男同士の同居なんて、住めればどこでもいいやって感じだったので、不満はなかったですね。
しかも、恥ずかしいことに家賃は全額父が負担。私は生活費として毎月3万円を父に渡していただけでした。
そして、生活費を抜いて残ったお金は遊びや車のローンに使い、貯金はほぼゼロという状態になっていました。

 

しかし、父が亡くなった以上、これからは自分で全てをこなさなければなりません。
家賃8万円に加えて、共益費やら更新料、その他の生活費も全額自己負担です。自分が生きていくためですから当たり前なんですがね。
さらに勢いで買ってしまった車のローンがまだ1年以上残っています。
葬式代のローンが月に6万円、それに加えて車のローンが2万円、毎月のローン返済だけで8万円。家賃8万円+ローン返済8万円=16万円。
毎月の手取りが21万円なので、21万円−16万円=残りの生活費は5万円。
「何とかなるか?」まだまだ甘い考えの私がそこにいました・・・。

生きていくってお金がかかる!

なんだかんだで毎月5万円は使える・・・余裕をぶっこいていた私でしたが、すぐに現実の厳しさに直面することに。
まず趣味のひとつであるスキューバーダイビングは出来なくなりました。
ダイビングまでの交通費やらダイビング料金やらで、一回3万円以上はかかります。
生活費5万円なのに、1日で3万円も使えるわけがない。「ローン完済までのガマンだ。」ということで、スキューバーは当面断念することになりました。
もう一つの趣味であるスロットもガマン。時には一日で2万円は負けるスロットに費やすお金なんてありません。
「ギャンブルはハマると地獄だよ〜。」と昔脅してくれた友人にちょっとだけ感謝しつつ、スロットからも足を洗いました。

 

しかし、趣味だけを止めてもやっぱり無理。冠婚葬祭などの突然出費が痛手でしたね。
さらに車の維持費としてガソリン代や税金、保険などもかかります。
給料のほとんどを自分のためにだけ使っていたころは、車の維持費なんて屁でもないと思っていましたが
自分の給料だけで生活のすべてを賄わなくなると、ちょっとの出費も痛い痛い・・・

 

結局毎日、頭の中はお金のやりくりの事ばっかりに。
お金がないため、友人と飲みに行くことも減り、ストレスは溜まる一方でした。しかし相談できる相手もいないため、とにかく辛かったですね。